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「小田喜衆の眞田」リターンズ [中世の豪族 房総 眞田氏(佐奈田)]

あー、前にウチの先祖衆が「小田喜衆」と呼ばれ、大多喜町史に掲載されていることを、このblogにも書きましたが、あの話は2016年の現在から数えて、遥か426年も前の話です
その後、先祖達は故郷の三原郷(現 南房総市和田町)に戻り山奥にこもり帰農し、本家・本家筋一族揃ってひっそり(?)と暮らしました
そして近代になり、昭和10年に不思議な縁があり、我が家は再度大多喜町に引っ越してきました
以降ウチは、遠縁の親戚からも「大多喜の眞田」と呼ばれています
そして面白いことに既に大多喜を出て30年以上にもなる現在の自分も、引き続き「大多喜の眞田」カテゴリーで呼ばれていることもあり、、
「大多喜/おおたき」という地名は、同時に我が家の新たな屋号になっているのかもしれませんね
ちなみに現在自分は、その遠い昔の大多喜や勝浦にいた頃の先祖が軍勢率いて進出した界隈に住んでいます
別に自分も狙ってここに住んだわけじゃないんですが誠に不思議なご縁です、こちらの氏神さんや、当時の戦友達の霊に誘われたのかな?
まー何にせよ、まさに「小田喜衆の眞田リターンズ / 房総の豪族 眞田リターンズ」って感じですな

「大多喜町史」は左の本

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この272ページに、落胆したウチらのご先祖達の事が書いてあります(;´∀`)
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里見義康の上総没収、これに伴う大多喜(小田喜)や勝浦などからの撤退、本多忠勝氏への明け渡しについて、当事大多喜城(小田喜城 / 小田木城)にいた正木側の家臣団、特に「小田喜衆」と呼ばれる房州出の家臣団達は、かなり落胆したようです
まー今でいえばリストラですもんね・・

そんなこんなの背景があり、実は自分の礼服の刺繍は「小田喜 佐奈田」となってます
ァ '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、DSC_2303.JPG

「小田喜」とは、426年ほど昔までの大多喜町の地名、他には「小田木」「小滝」「大滝」とも記す場合があります、そして「佐奈田」とは、平安時代から鎌倉時代ぐらいまでのウチの家の族名表記で、その後「眞田」表記になっていますね
まーマニアックというかバカバカしいというか、我ながらよくやるわーといった感じですが・・
悠久の時代からの遠い先祖達を敬う気持ちから、そして現在も自分達が「オータキのサナダ」と呼ばれることから、このようにしております
実際の屋号は全く違うんですが、これだけ方々から「オータキのサナダ」呼ばわりされたら、
まーこれがウチの新しい屋号だよな、もーいいよウチの屋号は「オータキ」でw

(-人-) ムージョージンジン ミーミョーホー ・・ <曹洞宗(禅宗)


【関連日記】
三浦党 房総眞田氏、郷土史などに出てくる先人達の名
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【雑談所】やる夫が真田家に生まれたようです 雑談所その10 【2ちゃんねる より抜粋】
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[中世の豪族 房総 眞田氏(佐奈田)]カテゴリ一覧
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