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ウチの家紋は2つあるよ [中世の豪族 房総 眞田氏(佐奈田)]

あー、もうすぐお盆ですね
以下、お盆らしいネタでも一つ。。

お盆といえば、お墓、迎え提灯・・、それらには一般的には「家紋」が入ってますよね
その家紋、ウチの場合、実は2つあります
一つは戦国時代末に、時のお殿様から姫を救った功績で頂いた「褒美」としての拝領紋、
家伝によると、この拝領紋は、一説には外房の勝浦城が徳川軍に攻めこまれた際、
もしくは里見氏のお家騒動の動乱の際に(どちらかちょっと曖昧)、
お城の姫様である「お万の方(養珠院)※」の脱出作戦を無事遂行したとかなんとかで、
彼女の父上の勝浦城主 正木頼忠さんに頂いたものだそうです
※この姫様、後の水戸光圀公(水戸黄門)のお祖母さんになる人です、歴史とは不思議なものです
家紋は「丸に笹竜胆」
源頼朝さんをはじめとする源氏、鎌倉幕府の紋章ですね
 sasarindou.JPG 
この拝領紋を、現在は「家紋」として常に使っていますが、
その他にも、古くからの家紋、所謂「裏紋」と云われるモノがありまして、
こちらは平安時代から続くもののようです
その古い家紋は「丸に三つ引き両」
自分の祖先は、相模国の桓武平氏 三浦党の小豪族(土豪)が先祖ということで、
平安時代末に相模国から南房総の三原郷に移り住み、
以来この地で、三浦党の一派として開拓領主を生業(?)とし、
郷(さと)の発展に努めていたようです
故に一般的な三浦党と同じ紋章が伝わっております
marunisanryou.JPG
で、この「裏紋」など家紋に纏わる話などは、郷土の歴史的にも、
もちろん「一族」としても、中々面白そうな内容なのに、
親戚の皆さんは、この裏紋の存在も含め、先祖達の昔ばなし全般に全く興味がないみたいです
まー今の時代、そもそもこういう話は実生活上、優先度が極端に低いですしね、
それに知ったからって、お金が儲かるわけでもないし、世間様から尊敬されるわけでもない、
どっちかというと
先祖の話なんてキモいしメンドくさいしチョー(゚Д゚)ウゼェェェ..
オレはオレだし先祖も本家もカンケーねーし( ・`ω・´)
先祖供養なんて金と時間の無駄、
寺が儲かるだけ(ヾノ・∀・`)ムダムダ
とか言われかねません
みんな木の股から生まれてきたわけでもないだろうになー
・・なんというか、薄っぺらい時代になりましたね( ´,_ゝ`)プッ

まーグチ(?)はさておき、話は戻り、、
そもそも褒美として頂いた拝領紋が、なんで源氏のシンボル「丸に笹竜胆」なのか?
以下、単なる推測でしかないですが、
平安時代の末に、ウチが源頼朝さんの旗揚げに協力したという事実があったからじゃないのかな、とか・・
だから約400年後の雇用主である正木頼忠さんは、ウチの家系を知った上で、
数々の家紋の中から、褒美として「丸に笹竜胆」をウチに与えてくれたんじゃないかな?
そもそもウチは桓武平氏ですしね、源氏じゃないんですよねウチはw
一般的に考えたら、皮肉にも見えて、あんまり嬉しくないですってw
しかしまぁ、そんな様々な家伝を元に推測するに、
その拝領紋を頂いた際の、当時の先祖達の気持ちとは、
実は泣くほどに嬉しかったんじゃないかな、と思えてきてます
一族郎党の大転機となった平安時代末期の歴史を踏まえると、
そのウチにとっては余りにも恐れ多すぎる源頼朝さん、
そして「皆で世を変えた」という自負があるであろう、鎌倉幕府の紋を掲げる許可を、
時のお上から頂いたんですもんね(´∀`)
感無量!
・・もう、それ以外適切な感情表現はないでしょう
今の自分だったら喜びのあまり、
炭火焼鳥  千人力」を貸しきって、
そして次の日は「伝説のモツ焼き 亀田もつやき店」を貸しきって、
またその次の日は「沖縄系創作料理 ピロ吉ダイニング」を貸しきって・・(ry
もちろん名古屋や横浜など遠方の友人知人達は、
新幹線代、ホテル代をこっちで持って、家族揃って呼び寄せる!( ー`дー´)キリィッ
そんな感じで、一週間ぐらいぶっ続けで、きっと毎夜パーティーしてると思いますw
(しかし貸し切りたいお店がオッサン天国ばかりというオチ)

下の写真はオマケ、ボロボロになった迎え提灯を、一昨年に新調したもの、
新調するにあたって、所謂「裏紋」を、裏紋らしく裏にコソッといれてみました
んーージャパネスク ビューティホー(´∀`*)

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