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中世豪族 眞田氏のやぐら・磨崖{まがい}五輪塔 南房総市指定史跡 [中世の豪族 房総 眞田氏(佐奈田)]

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たてやまフィールドミュージアムの正文寺の項目から引用

(15) やぐら・磨崖{まがい}五輪塔  市指定史跡
 14世紀(鎌倉~南北朝期)に造られたと推定されるやぐらで、五輪塔の浮彫りが奥壁に1基、左側に2基、右側に1基ある。中世にこの地を支配した真田氏(三浦氏一族)の墓所との伝承がある。塔の地輪部分には龕{がん}があり、中に貝殻が詰まっている。

たてやまフィールドミュージアム 安房の見所寺社 正文寺<和田町>より抜粋
http://enjoy-history.boso.net/book.php?strID_Book=0604&strID_Page=001&strID_Section=21

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千葉県の房総半島、特に南部にいる「眞田(真田)」姓の人達の中には、
自分の家と同様に、当時、相模国大住郡岡崎郷佐奈田村から三浦半島を渡り、
ここ安房国朝夷郡三原郷に土着した、
「桓武平氏 三浦党の眞田(佐奈田)」を祖にする家があるんじゃないでしょうか

その記念碑(聖地?)ともいえるものが、800年以上も経ったこの南房総市和田町中三原に、
今もしっかり残っていることを、現在に生きる房総南部の眞田さん達はどれだけご存知でしょう?

しかしまぁウチの場合も、このお寺「正文寺(普門寺)」さんとは縁遠くなって久しいです
正直久しいなんてレベルじゃないぐらい縁遠い、、その縁遠さウン百年!
正文寺さんは、戦国時代末に禅宗から日蓮宗に改宗し、
私達一連の子孫達からは、これら史跡の事も、またここでの史実についても
本当に縁遠いものとなっておりました
ただこのお寺が、自分達の「遠いご先祖に所縁のある寺だ」という言い伝えが残っていたのみです

まぁ何よりこの五輪塔は、私達みんなの遠い祖先達の供養塔である事は違いないのでしょうが、
現在、子々孫々と受け継がれていく過程で、当然、皆それぞれにお墓があり、
基本的にそれら遠いご先祖の魂は、今ではそれぞれの子孫の墓に来てくれているものと考えられます
ウチの元々のお墓も、三原郷の山の中、
和田町の海側の人々に「平家の落人村」と言われてる、当時の自分ちの裏山中腹に
ひっそりと代々ありましたしねw

そんな中、自分がこの昔から家に伝わる伝承(まーそんなに大げさなものではないです)が
非常に気になり、知りたいと思いだしたのは、5~6年ぐらい前までの一時期、
何故かよく烏帽子を被った鎌倉時代風の同じ武士の夢を見たから(汗)というのと、
長い闘病の末、ついこの前、世を去った弟を常に励ます目的で、
彼にこの遠い先人達の、様々な話を聞かせ元気付けるため、というところが始まりでした
まぁ弟の件はともかく、「夢」は強烈でしたw
正直、日本の歴史とか先祖とか、あまり興味ない人間だったので(;´∀`)
テレビでよく見るような戦国時代や江戸時代の武士とは微妙に異なる、
そんな平安時代や鎌倉時代の身なりをインターネットで確認して、はじめて認識したぐらいです
しかも顔まったく知らない人ww、まぁうちの父親に何となく面影は似ている人なんですけどねww
まーこれでも自分は、この古い家系の本家筋らしく、そして更にウン十代続く本家の長男坊だというのもあって、
いざという時「イニシエの何か」が降りてきやすいのかもしれませんwww

そしてもう一つ、この五輪塔を当時取り憑かれたように「見てみよう!」と思ったきっかけとは、、
実は自分の家も元々は禅宗だったんですが、40年程前に日蓮宗に改宗したこともあり、
今の正文寺さんに気持ち的にも行きやすくなったというところです
それまではこのお寺さんの存在は「分岐路にある古そうなお寺」ぐらいの認識しかありませんでした

そしてその五輪塔、
今までもこのblogで紹介してきてますけど、再度引っ張り出しますw
なんか自分は、上記の「見えざる人々」に導かれているんでしょうかね
この一族の語り部の一人になってるようです
まーそんな重いこと言うわりには、ノリは軽いですけどねw

ちなみにこちらの史跡、
昭和56年10月29日に南房総市(当時、和田町)の指定文化財に指定されています


磨崖の五輪塔 上記とは別の写真(自分が撮ったもの)

遠い先祖のものだと言い伝えられているお墓は、今は南房総市の市指定文化財になっています
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鎌倉時代の武士階級の人々のお墓は、このように山の壁面に穴を堀り祠(ほこら)とし、
磨崖で五輪塔などを作って弔うことが多かったそうです
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穴自体は小さいです、縦横共に1.5m、奥行きも精々1.5mほどですね、屈まないと奥に入れません
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この祠の上に、その当時は館城があったようですが、今は竹やぶと畑
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全体像
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向かって右側手前、原型が分からないほど崩れていますIMG_1086.JPG

向かって右側奥、やはり崩れています( ;∀;)
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一番奥、梵字が削られた跡があります(´;ω;`)
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向かって左手、梵字は見えますが、やはり崩れています つД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚
IMG_1081.JPG

砂岩の崖を掘って作られたもので、経年劣化による損傷が激しいです
南房総市指定文化財なので、
いずれ崩れ落ちるのを抑えるための、何がしかの措置が行われるんじゃないかとは思いますが、
悠久の時を経て、私ら一族がこの地に生き、そして根付いた証・記念の塔でもあります
・・・いざとなったら寄付します!(゚ω゚;)=3 <小口だけど

また、この正文寺には、他にも摩崖の五輪塔と同時代に作られたと言われている磨崖仏などがありますsyoubunji-magaibutu2.jpg
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こちらも、正文寺が禅宗から日蓮宗に改宗した際に、顔などが削り取られています、歴史の重みを感じますね。。

その他、同年代のものと思われる様々なお墓や仏像など・・
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何より房総の眞田姓の皆様、皆様にも縁があるかもしれません、
線香台はお願いして、随分前から摩崖の五輪塔のところに置かせていただいてます
ご近所にお寄りの際はぜひっ!
あーでもその際は、お寺の本堂でお賽銭入れるのをお忘れなく(´∀`)

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五輪塔(魔崖)<史跡>
南房総市指定文化財 第十号
昭和五十六年十月二十九日指定
高さ 七十六センチメートル
碑文 不明
安元・治承(1175~1180)以前から三浦半島より渡って土着した真田氏の頭領真田源吾が禅宗の寺・正文寺を創建し、菩提寺とした。
五輪塔は真田氏の供養塔と伝えられている。境内洞窟内に四基ある。
平成九年七月十日
南房総市教育委員会


【関連日記】
三浦党 房総眞田氏、郷土史などに出てくる先人達の名
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中世から近世、小豪族のウチ「房総 佐奈田/眞田」先祖達の生き残りの歴史
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三原眞田 / 三浦眞田の故郷 安房の三原郷
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中世豪族 眞田氏のやぐら・磨崖{まがい}五輪塔 南房総市指定史跡
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眞田、真田、佐奈田、、サナダという地名と名字の由来
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佐奈田与一(眞田与一)の子孫について
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房総の眞田一族にも六文銭を家紋に使う家系があります
http://sanadado.blog.so-net.ne.jp/2011-07-13-1
【雑談所】やる夫が真田家に生まれたようです 雑談所その10 【2ちゃんねる より抜粋】
http://sanadado.blog.so-net.ne.jp/2015-01-14-1

[中世の豪族 房総 眞田氏(佐奈田)]カテゴリ一覧
http://sanadado.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300213675-1


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